勉強に埋もれて死にそうです。もうこういうのを書くのは現実逃避です。で、てっとりばやく逃げててっとりばやく書いててっとりばやく戻ってこれるのはやっぱりこいつらなのでこいつらを書いてしまうのです。伯爵の誕生日が近いって言うのに、なんでまあ私の手はどうしてもこの二人を自動筆記してしまうのか。
暑さに負けて輪をかけたように電波な小話ですが、以下から選択してどうぞ。
「デートしないか」
2ヶ月前とは比べものにならないほどの灼熱の光が降り注ぐ夏の昼下がり。
目の前のフランス人は、それこそ暑気あたりでもして元からおかしい構造の脳が更に五十歩とんで七歩くらい下がって進化したのかという発言をしてきた。
「なんだその目は。私がこういったことを言うのは不思議か?」
「………………」
不思議も何も。たとえるなら、市販の卵を買ってきていざ調理しようと思いフライパンに開けてみると中からは卵ではなくタコが出てきた、というくらい不思議なんだがどうか。いや、白身と黄身がそもそも入っているはずなのに、白身だけしかないとか、黄身だけしかなかったとかいう不可思議現象にも通じるくらいのインパクトがある。
「君のその懸念も暑さのせいか?」
「おれはいつでも冷静だ。それより……なんだそのデートというのは」
「デートはデートだが。こう暑くては生きていけない、こんな砂漠のような土地に私たちはいてはいけない。
早々にどこか涼しいところへ――そう、たとえば海にでも逃げるべきではないかと」
「要するに海水浴に行きたいというなら最初からそう言え。そしてそんなに海に沈みたいなら、エーゲ海あたりにでも一人で沈んでいろ」
「一人でどこかに行くくらいなら私はピレネーの山頂にでも逃げている」
ああそうだな。毎年四十度など軽く越える南部ドイツで育ったおれとは違って、この男は高山育ちだ。雪山にはめっぽう強いが、夏の暑さにはことさら弱いと見た。
「休暇でももらって避暑にでも行けばいいだろうが。フランスにだって海はあるんだ」
「バカンスはすべからくカップルで行くものだ、少佐」
「熱射病で倒れるまえに水でも飲んでおけ」
なおも軽くあしらう。この男とは会話でコミュニケーションが成立しないというのはもういやというほどわかった。こちらからわざわざおかしな方向に投げられたボールを律儀に返してやることもない。
なんとかしてこの異邦人と言葉を交わそうと切磋琢磨しても、まったくもってことごとくそれらの努力は徒労に終わるのだ。いい加減、サルでも学習するというやつである。
「そもそも、おれは海になんぞ用は無い。なんでわざわざあんな人間でごった返しているところに行く必要があるんだ」
「庶民はそういった場所をすべからく好むものなんだ」
「貴族のおれには必要ない。だいたい涼みたいなら自宅のプールで事足りるからな」
「―――――――――」
「……おい、聞いてるのか」
…………なんか、珍しく停止したな。もしかして本当に天に召されただろうかと考えていると、サングラス越しにも呆然とした目で、彼はまばたきを数回。一応、残念ながらまだ息はあるようだ。
「……君の家には、プールなんてものがあるのか」
「あるに決まってるだろう。プールがない城なんて存在しない、それこそ雪山の奥地にあるわけでもあるまいし」
「少佐、結婚してくれ」
「おまえが結婚したいのはプールか、おれか」
どっちも嫌だが、と続けると。
相手も負けじと両方だ、と答えてきた。
「だいたいプールだなんて言ってもおれの家にあるものは大したもんじゃないぞ。せいぜいあって25メートルくらいだ」
「……十分だろう。そもそも一般家庭にプールなんてものは存在しない。庶民の夢だ、結晶だ」
「そんなものかね」
城にプールがあったところで、実際問題、ほとんど使用しないなら意味がないと思うのだが。
特にあの泥棒の持っている城に至っては、水道料金やらもろもろの問題で絶対に開放なんてされないと思う。泳ぎに行くなら市民プールか、それこそ近所の池や湖で十分でしょうとかあの計理士あたりに言われてそうだ。というか言われているに違いない。
「羨ましいならお前も家を増築して作ればいいだろう、プールくらい」
「簡単に言ってくれるな。そこまで暇でもなければ、物好きでもない」
「第一、おれは水着なんぞ持っとらん。加えて君と避暑に行くつもりもない、諦めろ」
「なら他のシチュエーションでいい、デートしよう」
「…………」
自分もたいがい取り付く島がないが、こいつの切り替えしの速さも侮れない。
なんといか、使用言語が違うだけあって、会話がときたま理解できなくなりそうだ。
「デートという単語から離れられないのかね」
「デートという形でなければいいのか?」
「君と二人きりだなんて任務でもない限りごめんだな。おまえも前は、そう言ってたじゃないか」
そんな寒い関係は望んでないと。
確かにそう、彼は切に思っていたことではなかったか。
「恋人のように愛してやりたくなるときがあるのは、不思議なことじゃない」
「そういう関係が一番嫌いなくせになにを言うか」
もうこうなってしまっては何を言っても無駄だと、会話を打ち切ることにした。
相手も同じく口を閉ざしたので、ため息混じりに席から腰を浮かした途端、
「嫌ってるのではなくて、怖がっているだけじゃないかと。近頃感じるんだ」
――そんな言葉とともに、立ち眩みを覚えた。
なんのことはない。陽射しが強すぎて眩暈を起こしただけだろう。
こんなことは、真夏ならよくあること。
こんな風景は、見飽きた日常のなかによくある一コマ。
だからそんなこと、自分があずかり知らない、自分以外の誰かの話。
「とっとと水でもかぶって頭を冷やせ」
そんな言葉を投げかけて、その男に背を向ける。
照りつける太陽の斜陽が強すぎて、ほんのすこしだけ。
気持ち悪いくらいの晴天に、胸の苛立ちを覚えながら。
*あとがき*
Q視点だと嫌味すぎるかと思い少佐視点にしました。
ライトに見えて割りとブラックな二人の話。深読みするのもまた自由。
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